東京ノニ研究所公式サイトTokyo Noni Research Center

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東京ノニ研究所 Dr. Noni

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2011年12月26日:今年も残すところ5日、顔晴ろう

1000年に一度と言われる東日本の大地震と津波による大震災に加え、福島原発事故による放射能汚染が、本年3月に発生しました。
現代人の誰もが経験したことのない未曾有の大惨事。
東北4県を巡ってまいりましたが、ただ唖然とするばかりで、震災後の意気消沈状態は今も続いています。

新政権の対応の遅れとうより無策、政策決定能力の欠如により今なお15万人以上の方が年の瀬を目の前にして途方に暮れています。
本年は例年になく寒さが厳しく、精神的な落ち込みに拍車をかけています。

良いお年を、とはとても被災者の方々には言えません。
ただ願うのは、精神的な落ち込みは免疫力の低下を引き起こすため、ノニジュースを飲んで免疫力を高めて頂きたい。
多大な頑張るは止めて、何らかの方法で「顔晴る」に持っていって頂きたいと思います。

011年12月26日:インドネシアより帰国しています

インドネシアに11月29日に行き、12月17日に帰国しました。

今回は東京ノニ研究所の協賛会員(株)サーブの木原社長が最初の5日間、同行してくださいました。
ノニの国インドネシアのノニ果実や製造会社を見学していただきました。
また共同研究機関CABIをも訪問し、最新鋭機器によるノニ研究の最先を見て頂きました。

ボゴール近郊のノニの女王

CABIの研究室、木原社長

残りの約2週間は、ノニの愛飲者かつノニの農業・漁業分野での開発を行われている(株)カンザイネットの横山社長とパプア島、中部ジャワ島にご同行をお願いし、新規健康食品ブアメラやノニ生産現場を見て頂くと共に、日本の機能性植物がインドネシアで栽培可能かの調査をお願いしました。

パプアのブアメラ、横山社長          パプアのセンタニでの地質調査、ノニの木が見られる

2011年11月22日:11月29日よりインドネシアに行きます

11月29日よりインドネシアに行ってきます。
今回は、ノニの女王の産地である西ジャワ島さらに今後のノニによる健康を考えるパプア島に参ります。
ボゴールの熱帯植物園やノニの共同研究機関の産業省農産物開発センター(CABI)も訪問します。

また、インドネシア産のノニの再興が起きているので、その助言も行うことが予定されています。
より多くのインドネシアの方に自国の熱帯薬用植物の見直しを訴える予定です。

011年11月22日:ノニ茶は陀羅尼助(ダラニスケ)

ノニ茶のお問い合わせやご質問を数多く受けるようになっています。
何故ノニ茶の色は黒いのかと疑問に思うことが有るでしょう。
それはアオキという種族に共通したもので、イリドイドという物質がその本体です。

日本でもこのイリドイドは注目され、アオキの黒光り成分アウクビンはアスペルドシドに類似する構造を持っています。
大和地方で古くから行者が使用した陀羅尼助(ダラニスケ)は、万能薬として現在もなお重用されています。
多くの伝承医薬品の効果は、イリドイドに由来するものと考えられます。

この黒い成分の効能は多々ありこちらをご参考にしてください(こちらへ)

2011年11月17日:ノニ茶のお問い合わせが増えてきました

最近、ノニ茶の品質や効能についてのお問い合わせが増えてきました。
非常にうれしいことです。
ノニジュースのみならず、ノニの葉は古くからインドネシアでは伝承的に使用されています。
お茶としては飲まれておらず、葉をナシゴレンなどの料理に使ったり、サンバルというソースに用います。
ノニの起源であるインドネシアのマルク諸島では、ノニの生葉をそのまま食べるようですし、タイではトムヤンクンスープに入れます。

お問い合わせの内容から、改めてノニ茶としての大きな期待があるようです。
日本茶が農薬や化学肥料で栽培されるため、その品質効能が落ちていっています。
カフェインが入らないお茶も好まれる傾向にあります。
日本茶の良いところは、カフェインが入っているからなのですが、お茶商品販売会社はその特性を失ってまでも、売上増加を好むようです。
言いかえれば、良い機能性食品の機能性を取り除き、消費者に媚びて言っているといってもよいかもしれません。
先程亡くなったアップル社のジョブ氏のように、よりいいもので消費者のニーズを掘り起こすという態度が無くなったようです。

癒しのノニ茶として日本茶の代わりにご愛飲頂き、お茶そのものおよび出しがらも料理にご使用いただくお奨めします。

2011年11月16日:プロゴルファー須貝昇プロにお会いしました

昨日(11月15日)、日本人としてただ一人全英シニアオープンで優勝された須貝プロに、東京でお会いすることが出来ました。
須貝プロが2002年に初日から4日間首位をキープされ、ぶっちぎりの優勝されたことは知っていました。
お会いしたいと長年思っていたのですが、今回実現でき非常に感激しました。

細身で長身、ほりが深く映画俳優と思われる容姿であり、私の貧弱な様相が際立ち恥ずかしい思いをしました。
「あげて、おろして、こんにちは」が須貝プロのゴルフに対するモットーであり、ある程度の基本ができれば「自分の本来」のフォームでゴルフをすれば良いとの事。
19歳からゴルフ、ゴルフで過ごされ、25歳でプロ資格を得て30代、40代と打ちまくったとの話は、私たちの人生と似たところがあり安心を致しました。
ゴルフに対する熱情、愛と云ってもよいほど本当にお好きだといわれました。
それも、アメリカ的な広く手入れされたコースより、イギリスのリンクスで自然との闘いに挑まれるのがお好き。
まさにチャレンジ精神が旺盛で、現代の若い方と少し違うタイプ、団塊の世代の典型名方とお見受けしました。
そして、決して饒舌ではありませんが、ゴルフを通して真摯でシンプルな人生を送られているようです。


東京有楽町にて

というのも、6年前に大病をされ一時はどうなるかという運命を経てこられました。
それ以前に飲用されていたのにジュースを、術後は更にまじめに飲用されています。
インドネシアのノニジュースを起床時、身体が疲れたと感じられた時にヤクルトなどに混ぜて飲まれる時もあるようです。
毎月、2〜3Lを欠かさず飲用されています。
奇跡的な回復にお仲間がびっくりされ、その極意の教示を依頼されることも多々あるようで、ノニのことをお伝えされ喜ばれているようです。
ノニジュースが須貝プロの病気を回復、更に維持しているかどうかの科学的な証明はできません。
須貝プロの強い精神力、強靭な免疫力、毎日の食事、今まで鍛えた体力など他の要因も十分の考えられます。
しかし、須貝プロがノニジュースを飲まれるということは、身体が要求しているので、プラスに働いていることは確かでしょう。

今後とも団塊世代の強さを若い人たちに示して頂きたいと願っています。

2011年11月7日:信州は寒くなってまいりました

三寒四温の秋日和が続きましたが、一雨毎に寒くなってまいりましたが、日本全国同じ傾向だと思います。

この気候の変化に加え、まだまだ本格的な復旧が遅れている東日本大震災による地震、津波被害を思うにつれ意気消沈してきます。
先日、石巻市で肉親を無くされた方から、未だ行方不明の肉親がいるけれど、漸く葬式を終わらせました、との報告。
避難所で生活されていない方々には、食料などの支援がなされていないとも聞いています。
これから冬を迎えるというのに、どうされるのか非常に心配であり、政府の復旧対策の遅れや復興案が出てこないところに、寒気がします。
また、福島第一原発の冷温停止の見通しが立たないこと、放射能汚染食料、TPP、先が見えない日本経済の再興などなど、多くの問題が山積しています。

被災地の方々に「頑張れ、がんばれ」と励ましても、人間

では、被害に遭った方々にどう支援すれば良いのか?
当研究所は

2011年10月31日:恩師および友人が松本訪問

10月27〜28日と順天堂大学医学部病理学教室の桑原元教授と奥様(現役の眼科医)が、久しぶりに松本および安曇野を訪問してくださいました。
未だ製薬会社に勤務している30年前、研究生として桑原元教授(当時は助教授)のご指導を受けました。
その後、病理学教室の先生方と7〜8年にわたり、松本や安曇野で定例の野球試合を行ったものです。
その他、先生には東京から安曇野の研究所に頻繁にご来所頂き、毒性病理学の指導をいただいたものです。

本年NHKの連続テレビ小説で安曇野を舞台にした「おひさま」が放映され、懐かしく欠かさず視られたとのこと。
「おひさま」の舞台を巡り、また昔訪れた安曇野の各地を一緒にお伴をさせて頂きました。




「おひさま」のソバ畑と道祖神祭りのロケ地にて

10月30日と本日(10月31日)とはるかかなたのイスラエルより友がわざわざ松本まで来てくれました。
昨日はあいにくの小雨で安曇野巡りは十分にできませんでしたが、ワサビ畑のあと温泉につかり疲れを癒して頂きました。
本日は、幸運にも松本は晴れ渡り国宝松本城をご案内し、久しぶりに天主の6階まで登りました。

この友は、1980年代に来日し筑波大学で学び、さらに日本の映画、テレビなどの俳優として活躍したとの事。
彼の一番の成功談は1985年8月発売の週刊サンケイにグラビアで紹介されました。
大橋巨泉司会の11PMにも出演していたそうだが、残念ながら仕事が多忙(?)で全く記憶にない。
その後、アメリカにわたり、現在は7カ国語を使いイスラエル企業のコンサルタントを行っている。

彼に100%のインドネシア産ノニジュースを飲んで頂いたが、問題なく美味しいと言って飲んでくれた。
日本人と同じ感性のイスラエル人は、味覚および自然食品への思いにも共通性があるのかもしれない。
あるいは、ワインを通じて有機、ビオの味が理解できると思われる。

朋あり遠方より来る、また楽しからずや

2011年10月29日:福島の郡山市で34年ぶりに旧友に再会

3月11日の三陸沖地震による被害と福島原発事故による放射能問題が起きている郡山に大学の同窓生がおり、電話連絡で安否を確認していました。
10月23日に郡山市を再会を漸く果たすことが出来ました。
丁度34年ぶりです。
というのも、この旧友の結婚式が34年前の10月23日です。
長男が生まれたのが34年前の10月22日ですので、記憶が容易です。

この旧友によると同じく結婚式に参列し、その後あったことがない旧友も郡山に住んでいるということが解り、急遽3人による同窓会を行うことになりました。
二人とも大手製薬会社を既に退職し、一人は悠々自適の毎日が日曜日を享受しています。
他の者は管理薬剤師として調剤の仕事をしています。

34年ぶりの再会。
多くの思い出話や現況報告でビール、焼酎を美味しく飲むことが出来ました。
管理薬剤師の友は、5〜6年前に心筋梗塞から奇跡的に生還したとの事。
早速、ノニジュースを飲むようにとアドバイスし、ノニの科学読本と共に進呈いたしました。


昭和42年長崎大学薬学部入学の左から桐山、町田、西垣
女性は34年前の今日結婚した町田君の奥方

健康長寿を誓い合う。

2011年10月29日:福島の郡山市で放射能対策について講演を

10月23日に郡山市にある健康福祉関係の会社より依頼があり、講演を行ってきました。
ノニファイバーが放射能汚染を少しでも救済できるのではないかと思い、チェルノブイリ原発事故の健康被害と対策について述べてまいりました。

前から、ノニジュース中の澱は非常に重要だと強調してきました。
澱のない清澄なジュースは食物線維が含まれないからです。
最近ではリンゴジュースでも澱のあるものが売られるようになってきました。
澱という言葉は好きでないですが、これは食物線維なのです。

食物線維は昔は栄養のないものとして取り扱われてきましたが、最近は見直されてきています。
特にノニ果実には食物線維が多く、乾燥粉末の約50%は食物線維です。
そして、この食物線維中10〜20%はペクチンという食物線維を含んでいます。
ペクチンは大腸内の善玉菌の餌となり、酪酸という物質を産生し、ガン周囲の血管の新生を抑制し、がん抑制に働くといわれています。

チェルノブイリ原発事故によるセシウム137の体内汚染にこのペクチンが排泄効果を示すことが明かにされています。
ペクチンがセシウム137と結合し、体内の蓄積したセシウムを排除するのです。
セシウム体内曝露で問題なのはガンや白血病だけでなく、心臓、肝臓、腎臓や甲状腺などの臓器に蓄積し、代謝の異常を引き起こします。
実際、セシウム137に体内被曝した子供の心電図上、蓄積量に依存して不整脈が増えています。
10年後あるいは20年後に発生するガン以前に、心臓病で死ぬ可能性が高いとも考えられます。

主催者がいみじくもお話してくれましたが、日本でセシウムに汚染した食べ物を食べた成人の突然死が報告され始めたようです。
セシウムは食物から94%、水から4%、呼吸から1%が体内に入るといわれています。
セシウムに汚染しない食物を摂るのが一番の予防法ですが、それが困難な場合(国の基準値以下の食物でも汚染したものは極力避けるべきです)は、ノニファイバー(果実の乾燥粉末)を摂取するのも一つの方法です。

ペクチンは皮つきリンゴやブドウや改装にも含まれますから、これらを食べることも体内被曝による影響を軽減するでしょう。

2011年10月17日:ノニの原産地マルク諸島に行ってきました

ノニの研究に携わって以来、ノニの原産地であるマルク諸島を訪問し、直にノニを見たり、住民の方がどのようにノニを利用しているかを知りたいと思っていました。
その願いが10年ぶりに叶ったわけです。

しかし、9月15日インドネシアに向かう機中で目にした新聞で、マルク諸島の中心都市アンボン市の郊外でイスラム教徒とキリスト教徒の闘争事件が有り、7〜8名が死亡し、三千人もの人々がアンボン市に避難、軍隊と警察が衝突事件が起きないように警備しているとの事でした。
まさに地方に戒厳令が出されている様相でした。

実は以前マルク小塔を訪問したかったのですが、宗教対立で実に7〜8千名の方が犠牲になった事件が有りました。
危険地帯ということで、日本人には渡航禁止の指令が出されていたこともあったのです。

今回もぎりぎりまでアンボン訪問が危ぶまれました。
アンボンの知人より、アンボン市は平穏になってきたので、アンボン市にいる限り問題ないとの連絡。
9月22日ジャカルタより深夜直行便、4時間の旅でアンボン市に到着。

宗教対立犠牲者の鎮魂碑
世界平和のドラ、各国の国旗が刻まれている
マルク独立のヒロインの像 アンボン市の一部


アンボン市は田舎町と想像していたのですが、インドネシアの他の都市に匹敵する湾を囲むように出来上がった町。
水産業が主な産業で、日本の水産会社の買い付けが頻繁との事。
民族的には6〜7万年前アフリカより移民してきた人種(ポリネシア、メラネシア人の祖先らしい)と、6千年前中国南部より移住してきた現インドネシア人が混在している。


ここマルク諸島では、ノニのことをメンクド(Mengkudu)と呼ぶ。
インドネシアのジャワ島中部の住んだ地方ではパチェ(Pace)と呼ぶが、ここではパチェはお父さんの意味。
私は、アンボンではパチェ、パチェと呼ばれた。

2日間滞在し市内を探索した。
ノニの木は少なく、聞き取りでも現在のアンボン市内に住むインドネシア人はノニジュースを飲むことはほとんどないとの事。
面白いことに、最初の移住してきた人々はノニ果実は利用しないが、ノニの葉を料理せず生のまま食べるとの事。
ノニの葉をお茶として飲む習慣はない。
ジャカルタ空港でであったアンボン在住の原住民にノニ茶を差し上げたところ、妻にのませるといって大事そうに持ち帰った。

アンボン市内のノニ果実 旧原住民の体躯はポリネシア系に似る ノニ茶ティバッグの水だしノニ茶

これらの情報は、より近代化したアンボン市での情報であり、もし郊外にまで足を延ばすことが出来たら地域の方が伝承医薬品として、ノニ果実を利用していたのかもしれない。

広大なインドネシアの各地域によって民族が異なり、かつ文化も異なることは容易に想像できる。
現在に至る伝承医薬品ジャムゥはインドの影響に基づき、ジャワ島を中心に発達したもの。
この文化は、ジャワ島よりはるか東のマルク諸島には伝播しなかったように思われる。
ジャワ島が米作中心の農業に基づく文化を作り上げたのに対し、マルク諸島および以東は魚介類採取による漁労民族といえるが、この差が今に至るノニの利用方法に差が出てきているのかも知れない。

機会を作り、マルク諸島の島々やアンボン郊外に出かけ再度調査をするのが楽しみです。

2011年10月17日:インドネシから帰国しました

9月15日よりインドネシアに行き、約3週間滞在しました。
今回の目的は以前にもお話ししましたように、インドネシアのノニをインドネシアの方々に正しく理解していただくこと。
そして、ノニの原産地マルク諸島を訪れ、ノニの使われ方を調査することでした。

インドネシアでは、以下の7都市にてノニの講演を行ってきました。

 *ジャカルタ、ボゴール、バンドン、セマラン、ジョグジャカルタ、デンパサール(バリ島)、スラバヤです。

 要旨は、1)ノニはインドネシア原産の熱帯薬用植物
     2)ノニはインドネシアにおける伝承医薬品ジャムゥの重要な素材
     3)インドネシアのノニ使用経験は約6000年におよび安全性と効果は良く知られている
     4)インドネシアにおけるノニの適応疾患
     5)インドネシアではHACCPシステムや日本、欧州、米国の有機認定工場でノニジュースが製造される
     6)インドネシアでは最も栄養価や効能がある成熟果実が使用されている
     7)インドネシアでは成熟果実の搾汁が使用される
     8)ポリネシア産のノニジュースを輸入して飲用する合理性は全くない
     9)インドネシア産とポリネシア産ノニジュースの活性物質の含量には大きな違いがあり、インドネシア産が勝る
     10)ポリネシア産ノニジュースにより肝障害や死亡が報告されている

各講演会では20〜80名の方が参加され、インドネシア産ノニジュースの素晴らしさをご理解いただけたと思う。
実際、アメリカのノニジュースを扱っておられた方は、インドネシア産に代えるという報告を受けました。
さらに、今までノニジュースに全く無関心であった方も、インドネシアの有用植物の素晴らしさを再認識されました。 

インドネシアの方は100%のノニジュース(搾汁)を飲むことが出来ないと思っていましたが、この度先入感をkせなければなりませんで した。
日本人と同様に、身体に良いものなら砂糖、香料、色素など加えない100%純粋なノニジュースも抵抗なく飲用することが出来ます。
今までは説明不足だったため、甘味料などを加えて飲みやすくしていました。
健康には合成化学物質や工業用に精製された添加物の無添加商品を本心では欲していたようです。

 Jakarta  Bogor Bandung Semarang
Jogjakarta With Dr. Ingrid Waspodo, Jogja Denpasar in Bali Surabaya

 フェースブックの http://www.facebook.com/groups/dr.noniindonesia/ でも公開しています。

2011年9月12日:インドネシアに行ってきます

9月15日から約1か月の予定でインドネシアに行きます。
今回の大きな目的は二つ。

一つ目は、多くのインドネシアの方々がノニの本質を知りたがっており、インドネシアの各地で会議が設定されています。
ノニがインドネシア原産の薬用植物であることを知らず、タヒチなどポリネシア由来と思っているらしい。
インドネシアの標高1500m以下の土地であればどこにも自然植生していますし、それ以上に一家に1本のノニの樹を植えている意味も理解されていません。
そして、外国産のノニジュースを有り難く、高いお金を出して飲んでいるのです。
インドネシア原産、無農薬・無化学肥料薬用植物、神からの恵みを再認識していただきたいのです。

二つ目は、以前にも独り言で述べましたが、ノニの原産の地、インドネシアのマルク諸島を訪れることです。
ノニに魅せられ、ましてノニの原産地がマルクであると特定されているにも拘らず、今まで訪問できなかった。
というのも、この地域は昔から宗教戦争(キリスト教徒とイスラム教徒の抗争)が頻発し、日本外務省は訪問禁止地域にしていました。
ここ数年は、治安は安定し、かつフェイスブックでマルク諸島の中心地のアンボン市に住む友人を得たため、安心していけます。
出来るだけ、多くのノニを見、かつ住民の方がどのようにノニを健康維持、病気の治療、病気の予防に利用しているか、自分の目で確認したいと思っています。

多くの収穫を持って帰ってきたいと思います。
そして、皆様にご報告致します。

2011年9月2日:東日本大震災より6カ月

思い出すのも寒気を催し、犠牲になられた2万人余、ない避難生活を余議されている多くの方々、生活の糧を無くされ、これに追い打ちをかけた放射能汚染に農業や健康への不安などなど、いまだに直接被害はなかったものの虚脱感から抜け出せないでいます。

大震災後77日目の現地を一人回ってきましたが、言葉に表せない災害規模に唖然とするだけでした。
宮城、福島両県の本研究会会員の肉親が亡くなられたり、非難せざるを得ない状況も見聞してまいりました。
新盆を迎えられなかった方々は、さぞ無念だったものと思われます。

「頑張りすぎず、現実を受け入れ、将来に向けて励ましあいながら、復旧、復興に望んで頂きたい」、これが東京ノニ研究所からの声援です。