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東京ノニ研究所 Dr. Noni

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私の人生20番勝負


本年1月22日、産経新聞「日曜に書く」は、好みの記事の一つです。
今回は、「人生をリセットする緑寿」との題で鹿間論説委員が興味あるテーマで論評され、私も過去を振り返り勝敗を考えてみました。

既に還暦は過ぎ、古希を迎えようと(数年では既に古希)としていますが、65歳は緑寿というお祝いが2002年にできていたようです。
それはともかく、老後の人生論の著書がある嵐山光三郎氏が持論にしているのが、人生15番勝負。
人生5年間が1勝負。
sぎかし、日本老齢学会が老人年齢を65歳から75歳にすることを提唱しているように、日本人の生物学的年来はどんどん伸びているようです。

よって、私は「人生20番勝負」を行おうと頸椎しました。

第1番:記憶は薄いが、多くの兄姉に可愛がられていたようです。
第2番:小学生時代神童(?)と言われていたようで、10歳で全珠連1級合格は小さな町で私だけ。
     ただ、級長になるのが嫌、物心つき毎日飯を食べるのも大変な貧乏であることを知り、大人の世界を見てしまった。
     無垢な子供で有りたかった。負け
第3番:家の手伝いより学校に行くのが好きな時代。
第4番:浪人もせず、地方大学だが国立大学に合格し、親孝行。
第5番:休学を余儀なくされ、日産自動車の季節工、世にも知られない製薬会社に入社。負け
第6番:結婚し直ぐに二人の子供に恵まれ、信州大学医学部で病理学勉強のチャンスを得た。
第7番:家を建て、学会レビューもあり、仕事も楽しく、マイホームパパの時代。
第8番:学位を取得したが、会社を辞め、家族を貧乏のどん底に落ちした。負け
第9番:財団法人に就職し、JICA専門家としてフィリピンへ。
     日本でできない多くの事を自由にできたが、無駄な4年であった。負け
第10番:外資系製薬会社の招へいを蹴って、医薬品の受託研究会社に入社し再度フィリピンへ。無駄な5年だった。負け
第11番:ODAの関係でインドネシアに赴いた時にノニ果実に出会う。今後の人生をノニにかける決心を。
第12番:ノニに関して充実した研究の期間。金にはならないが多くの方と出会う機会、インドメネアを第三の故郷と思うほどに。
      息子は医者になり結婚、娘は外国遊学から帰国。
第13番:還暦を迎え歯の衰えなど目立ち、停滞の時代。負け
第14番:停滞の時代が続いており、目標実現が見えてこない。負け

現在まで、7勝7敗の五分です。

これからの5年で勝を得て、一応勝ち越しで老人を迎えたい。
その後、喜寿、米寿、白寿と5番の勝負を全勝で終えて、仏の傍へと考えています。
老人になれば、当然ながら若い時のような行動はできない。
どこかで悟りを開き、年齢相応な土俵で勝負をしなければ、残り5番もの勝負ができない。

その一歩として、本年4月末の曹洞宗永平寺にて血脈を下さった管主より再度悟りへの道を学ぶことに決めました。

また、1年に3度以上神社を参拝し、神を人生の見方に付けることも決意しています。